後世への最大遺物ってなんだろう。


今年のお誕生日に、こんなものを頂いてしまいました。

後世への最大遺物/デンマルク国の話 内村鑑三著

後世への最大遺物/デンマルク国の話 内村鑑三著

きっと僕は書店でこれを目にしても、決して取らなかったと思う。
だけど、僕が尊敬してやまない、大好きな『つなぐ専門家 中島 明さん』からの
お誕生日プレゼントだということで、嬉しく読み始めてみました。

しかーし。読みづらい。なんだこれは。

普段読んでいる本と全く異なる感じ、そしてそんな岩波文庫さん。
でも。きっとここには大切なことがあると思って、毎日1時間ずつですが
少しずつ少しずつ読んでいきました。

そこで、読んで気になったことや感じたことをまとめてみました。

————————————————————————————————————————————-

 

『私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会
この我々を育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない』

解説の多くでは、内村が地球規模で考えていたことが話題になっていますが
僕自身もこの文章に気付かされました。周りに感謝をする、親に感謝することはありましたが
地球や国、社会や自然に対しての感謝なんてのは考えてなかったな。

だけど、この本を読むにつれて、私がこの世界に生きて残すことは
何であろうかという小難しくも考えたい事にぶち当たった感じです。 

 

 

『我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か。
……何人にも遺し得る最大遺物。それは勇ましい高尚なる生涯である』

 

この言葉に触れたときに思ったことは、高校3年生の卒業式の出来事でした。

この日いった言葉は、父への言葉でした。
その姿を見て育ってきた僕にとって、彼の背中は憧れであり理想でした。

子を思い、家族を思い、地域を思い、街のためにいきていく姿。
そしてたまに息抜きしたように魅せる趣味への没頭。

そんな姿をみて、僕はこういう生き方がしたいと思いました。

この「金か、事業か、思想か」は父から譲り受ける気はないけれど
自分の心に恥じないような勇ましい高尚なる生涯を送ることこそ、遺すべきものだと思いました。

 

数時間前に結果として出た、都知事選挙。

僕の周りにいる人達の中でも、都心にいる人の多くは声を上げ動かれていた。
それは変えるためでもあるんだろうけれど、きっと自分にとって大切なことだから
動きまわっていたんだろうなって、これを思い返して考えていました。

オリンピックも、我が子に遺す1つも体験かもしれない。
でもそれ以上に、僕たちが望む理想の社会を、子ども達に遺して逝くためにも
踏みとどまらずに1人の人として自分に正直に生きるのがいいんだと思います。

家入一真、5位。5万強の票の獲得。

なんだかんだいって、これがすごいってしかいいようがない。
『勝ち負け』って言わずに、これからがスタートだって言葉にするのも
心地よく感じるのは、想いがあるからなんだろうなって。

このタイミングで、この本をくれた中島さんに感謝しつつ
明日は福岡で『僕らの子どもに遺すもの』について、話したいと思います。

 

 

おまけとして、デンマルク国の話については、もうこれにつきます。

 

『国は戦争に負けても滅びません。実に戦争に勝って滅びた国は歴史上けっして少なくないのであります。
国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。
善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。
否、その正反対が事実であります。
牢固たる精神ありて戦敗はかえって善き刺激となりて不幸の民を興します。
デンマークは実にその善き実例であります。』

 

この言葉を聞いて、私達は「民の平素の修養」を持ち合わせているのか。
戦後の人達が気づきあげてきたものを引き継ぎ、次に私達がつくっていく。

そして子や孫のために、遺すことこそ、やるべきことだと感じました。 

福岡とデンマークの関係もあるし、色々結びつく夜だなと感じた次第です。